あれは僕が浪人生の頃だったと思います。勉強ばかりの毎日ではありましたが、意外にも予備校の授業は楽しいし、初めて親元を離れ東京に出た解放感とも相俟って、フワフワと鬱々とが交差する日々を送っていました。当然、ジャズは毎日聴いていました。予備校の寮の自室で、カセットテープを聴いていたことを覚えています。チェット・ベイカーとアート・ペッパーの『PLAYBOYS』が愛聴番でした。渋谷の道玄坂にあった「音楽館」というジャズ喫茶にも入り浸っていました。

ある日、渋谷の街を歩いていたところ、ジャズの生演奏が聞こえてきました。音の出所を探すと、109の正面に特設ステージが作られ、外国人のジャズバンドが演奏しているではありませんか。思いがけない幸運です。僕はステージに近づき、客席の最前列を陣取りました。

バンドはECM系のサックスカルテットだったように思いますが、今はよく覚えていません。覚えているのは、演奏の途中で、選挙活動中のドクター中松さんが現れ、ジャンピングシューズを履いて飛び跳ねたまま、ステージに上がろうとして、スタッフに引きずり下ろされていたことです。「発明政治」と書かれたたすきが印象的でした(ちなみに、僕は将来、ドクター中松さんの息子、中松義成さんと演奏を御一緒することになります。このときの因縁でしょうか? 多分違いますね)。

話を元に戻します。ライブが終わった後、僕は思いきってバンドメンバーに話しかけてみました。モゴモゴとした英語で「素晴らしかった」という趣旨のことを言い,最後に「I want to be a jazz pianist.(僕はジャズピアニストになりたいんです)」と言うと、彼は、ゆっくりとした英語で、こう答えてくれました。「Listen & Practice(聴きなさい、そして練習しなさい)」

この言葉の正しさは、ジャズの勉強を続けるにしたがい、重みを増してきました。ピアノの前に座っての練習が大切なことは言うまでもありませんが、それと同じぐらい、「聴く」ことが大切なのです。CDでも、ラジオでも、生のライブでも、YouTubeでも、とにかく聴き漁ること。そして、ただ聴くのではなく、そこから何かを学び取ろうとする姿勢、あるいは上質の音楽を身体に染み込ませるイメージトレーニング、これらが糧となり、練習の羅針盤となるのです。たとえ自分では弾けないテクニカルな演奏でも、弾けている「つもり」になって、身体と指を動かして聴くこと、これが効果を生むのです。

元ピチカート・ファイヴの小西康陽さんは、インタビューで、「頭の中にレコーダーがあると思い、それに録音するつもりで聴きなさい」と言っています。彼も「聴く」ことの重要性を伝えようとしている一人ですね。

【まとめ】ピアノに向かってする練習と同じぐらい、ジャズを「聴く」ことが重要。浴びるように聴いて下さい。